C20デジタル経済タスクフォース(2019/4/23)
背景・G20のコミットメント(約束)
デジタル経済は、2016年のG20杭州サミットで初めて議題にのぼり、貧困層をエンパワーすることおよび経済成長の達成を目的とした金融包摂のためにデジタル・サービスの可能性を有効利用することを目指す「デジタル金融包摂に関するG20ハイレベル原則」が採択されました。 杭州サミットでは、G20デジタル経済タスクフォース(TFDE)が立ち上げられ、「革新的な成長のためのG20ブループリント」の策定に着手し、2016年に採択された「G20デジタル・エコノミー発展と協力イニシアティブ」および「G20新産業革命行動計画」と整合的に取り組みが進められることになりました。「G20デジタル経済発展及び協調イニシアティブ」に重要な協力分野がまとめられ、具体的には、ブロードバンド通信の拡張および質の向上、情報通信技術(ICT)セクターへの投資、アントレプレナーシップの支援、電子商取引における協力の推進、デジタル包摂の強化が挙げられています。また、知的財産権、規制と基準、デジタル経済に関する政策決定における透明性、デジタル社会における信頼性といった、さらなる議論が必要とされる重要課題が特定されました。
デジタル経済大臣会合は2017年にデュッセルドルフで初めて開かれ、「G20デジタル経済大臣宣言:相互に連結された世界のためのデジタル化の形成」が採択され、グローバルなデジタル化の可能性を包摂的な成長と雇用創出に活かすこと、生産活動のデジタル化を推進すること、そしてプライバシー、個人情報、消費者の権利保護の重要性を認識し、デジタル社会における信頼性を強化することが方向性として打ち出されました。2018年のブエノスアイレスサミットでは、デジタル経済に関する議論がさらに深められ、ICTの活用をプライバシーおよびデータ保護に関する各国の枠組みを尊重しつつ政府の能力・戦略を再形成するものと位置付けた「G20デジタル・ガバメントに関する原則」が「デジタル経済大臣宣言」取り入れられ、これに沿ってG20アジェンダの優先順位や方向性がより詳細に示されました。また、この大臣宣言は、意識向上を通してデジタル経済関連のジェンダー間の格差の是正に努めること、女性のアントレプレナーシップを支援すること、科学・技術・工学・数学(STEM)分野における女性・女児の参画の強化、女性・女児に対するジェンダー関連の暴力(サイバー・バイオレンス)に対策を講じること、これらの分野における進捗を追跡・評価するためにジェンダー別に分類されたデータ収集を促進すること目的とする報告書も取り入れています。また、同宣言ではデジタル経済に関して測定の重要性が強調され、エビデンスに基づく政策決定を支援するための測定手段を提案し、デジタル経済における課題や機会を評価するにあたり各国の参考となることを目的とし、公共政策が対策となりえる課題を特定し、標準化された測定活動の導入を支援する「G20デジタル経済測定のためのツールキット」が取り入れられました。
本年のサミットおよびアジェンダについて、議長国である日本は一貫してデジタル経済を強調してきました。安倍首相は、デジタル化の可能性と破壊的技術を掌握することで社会的課題に取り組むという展望に基づく「ソサエティ5.0」のコンセプトを2019年1月に開催された世界経済フォーラムで推奨しました。デジタル経済に対する世界的な期待感の高まりやセキュリティ、安全性に対するデジタル化の影響に関する最近の懸念すべき出来事から、将来の世界の発展を形作る上でデジタル・プラットフォームの役割が戦略的に重要、あるいはゲーム・チェンジさせかねないものであることは明らかです。
課題
G20がデジタル経済に関する方向性を定め、デジタル社会において人びとが直面している最も重要な課題に取り組みはじめるにあたり、G20は以下の同様に重要な課題についてサミットで議論すべきです。
(1)権利の課題
デジタル社会における人権保護の基本的価値は、プライバシーや個人情報に関する懸念の根幹に関わるものです。G20は、この重大な懸念事項に言及してきましたが、意見・経験を共有し、デジタル・セクターの成長や経済的な可能性を決定的に阻害しかねない規制を警戒する以上のことをしていません。一方で、世界の人びとは、プライバシーの侵害、個人情報の同意なき商業利用、セキュリティ上の懸念、監視、暴力と犯罪の助長、世界中の女性・女児に対するサイバー・バイオレンスなどの深刻な影響に為す術もないままに対処しようとしています。現在、政府や国際機関がこのような急速な科学技術の進歩に対するガバナンスの枠組みについて取り組みを進めていますが、その間、個人情報の濫用の防止や電子商取引における消費者の権利保護に関する規制は事実上存在しないままになっています。誰もがつながり、情報へのアクセスを保証されるデジタル社会の展望は、皮肉にも電子商取引企業の事業運営の不透明性や、消費者データの利用や商業化についての情報開示に関する不明瞭な方針といった課題に満ちています。G20諸国における政治や選挙活動に関わる最近の出来事からも、デジタル・プラットフォームにおける消費者・利用者データの所有権・利用の課題は明らかです。
労働者の権利保護は、デジタル経済の投資や雇用に関する可能性を有効活用することと同様に重要です。生産やサービスのオートメーション化、デジタル化に伴い、労働条件、労働時間、職業上の危険、労使関係に関する一連の課題が生じます。また、人間疎外や転職の困難化(転職自体できればですが)の課題も生じます。税制、あるいは人間の労働の喪失を補うためのビジネスに対するオートメーション化抑制策に関しては、韓国をはじめとするG20諸国の近年の経験を踏まえ、税制や財政に対する潜在的影響についても議論が必要です。
(2)社会の課題
デジタル経済が社会全体、価値観や文化、そして人びとやコミュニティの関係性に与える影響は最も広範に及ぶものでありながら、ほとんど議論されていません。「G20デジタル・ガバメントに関する原則」にはデジタル経済の社会的側面を扱った原則は含まれておらず、「G20デジタル経済測定のためのツールキット」にもデジタル化の社会的影響を評価するための指針については一切触れられていません。また、これらの原則やツールは、世界中でソーシャルメディアを通じた「フェイクニュース」の拡散や政治的見解の操作が確認される中、世界的に増しつつあるデジタル化の社会的影響の政治的影響に関する懸念を払拭するものでもありません。
製造業、農業、サービス業における失業の問題は、技能の再教育、再訓練、教育カリキュラムの改善、女性・女児のSTEM分野・職業への参画強化の推進によってのみ対処できるものではなく、産業革命と科学技術の変化に伴う現実として向き合うべきものです。コミュニティや各種産業分野に波及するこのような失業・移行の影響は、社会経済的ショックを緩和する社会保障制度や長期的開発計画を提供し、必ずしも新たな雇用を生み出すわけでもなく、周辺化された人びとに資する真の経済発展をもたらすわけでもないというデジタル革命特有の性質を考慮して対処する必要があります。
デジタル経済に対する過度な期待やその悪影響に対する懸念を軽視する傾向は、人びとに資する共同作業に基づくイノベーションの、資金・人材などの分配や政治的関心における優先順位を引き下げてしまいます。また、「イノベーション」や「テクノロジー」の定義を「ハイテク」に限定してしまうと、先住民・伝統的コミュニティや周辺化されたセクターにおいて人びとが何世紀にもわたって開発の課題に取り組み、適応を支えてきた知識体系やそれによるイノベーションは除外され、解決策を多様な知識に基づいて形成する可能性は著しく制限されてしまいます。
(3)環境の課題
デジタル経済の環境影響に関する議論は皆無に等しく、ドローンを活用したより効率的な水利用や化学薬品の散布など、気候変動や資源の枯渇への対策として多くのデジタル技術が推奨されているという点で、これは皮肉なことです。デジタル経済は、スーパーコンピューター、メガサーバー、クラウド・ストレージによって支えられていますが、そのすべてが膨大なエネルギー消費によって賄われています。例えば、2017年のビットコイン(金融技術、いわゆるフィンテックで使用される暗号通貨)の電力消費量は同年のシンガポールの年間電力消費量と同等でした。将来的に世界のスーパーコンピューター、メガサーバー、クラウド・ストレージの半分が再生可能エネルギーに依るものになったとしても、すべてのデジタル需要を満たすには太陽光・風力発電、高効率電池などの鉱物資源を必要とする設備・機器を生産しなければならず、そのためには大規模な鉱物やレアアースの採掘、採取、加工が必要になります。大多数の人びとがデジタル経済の外で暮らす現状において、電子機器のライフサイクルの課題、電子廃棄物の管理・処分はすでに深刻な問題となっています。
(4)平等性の課題
デジタル経済の拡大は、世界人口の1%が世界の富の82%を支配するという極端な世界の経済格差と無縁ではありません。食品・農業産業におけるビッグデータ掌握の競争は、わずか4社が世界の農薬市場の75%、世界の種子市場の70%を独占するという経済的影響力の集中をもたらしました。ビットコインやフィンテックは自由主義者に支持されていますが、すべてのビットコインの97%はわずか4つのアカウントに所有されています。世界の最富裕層の人びとの資産はデジタル経済から得られたものであり、世界人口の下層50%の保有する資産と同等の資産を世界で最も裕福な20人が保有しています。G20は、富裕国と貧困国間、男女間の明らかなデジタル経済に関連する格差(デジタル・ディバイド)について正しく認識してきた一方で、デジタル経済を支配する人びとへの富の集中やその他の人びとの周辺化については課題を認めていません。
生物へのデジタル技術の応用における平等性も同様に懸念すべき課題です。遺伝子情報のデジタル化や、地域・先住民コミュニティや野生生物から得られた生物、生物多様性、遺伝資源に関する非物質化情報の商業化は、新たな形態のバイオパイラシー(生物資源の盗賊行為)を生み出し、このような資源に対するコミュニティのコントロールが軽視されることにつながります。遺伝子の配列や関連するアルゴリズムのデジタル情報に対する特許権、著作権、企業秘密を含む知的財産権(IPR)の適用は、生物資源や先住民の知識の商業的占有を強化します。
(5)ガバナンスの課題
現在、デジタル経済を対象とするグローバルなガバナンスあるいは規制の枠組みは存在せず、各国政府は、デジタル経済を扱う適正な政策手段を持ちません。デジタル・プラットフォームを形成するデジタル技術でさえほぼ無規制の状態です。ドローンの民間利用について各国政府が法律や規制を整備したのは極めて最近のことです。また、ロボットに対する税制・抑制策を講じたのは現時点では韓国だけです。ビッグデータシステムの開発・利用を管理するルールのないまま、巨大デジタル企業は人工知能を活用し、機械学習を進めるために公的統計や彼らが所有権・占有権を持つソフトフェアやアルゴリズムで得た消費者データを利用しています。民間が所有するすべてのビッグデータは、公的に得られた小規模なデータ群によって成り立っていますが、その利用に関する許容範囲や、濫用や同意なき商業利用に対する個人情報やプライバシーの保護に関するルールは存在しません。
提案
上述の課題を鑑み、C20はG20デジタル経済タスクフォースおよび首脳会議に対して以下の提案をします。
(1)権利の課題について
デジタル社会におけるプライバシー、個人情報、同意、情報に対する権利、および人権を保護するためのグローバルな枠組みの採択を検討すること。
製造業、農業、サービス業のデジタル化における労働者、農民、若者や女性の権利を保護するための原則・指針を採択すること。
デジタル企業が所有権・占有権をもつプラットフォームに起因するプライバシー、同意、情報に対する権利や人権の侵害について、このような権利侵害を抑制するための国家政策を講じたドイツをはじめとするG20諸国の例に倣い、デジタル企業のアカウンタビリティや責任を確保するルールの導入を推奨すること。
G20大阪サミットにおいて、ジェンダー関連のデジタル・ディバイド対策の導入について、国家レベルの取り組みを評価すること。
2018年のデジタル経済大臣宣言はサイバー・バイオレンスからの保護に関する女性・女児の権利に言及していますが、実際の達成度を確認し、発生し続けているプライバシーや権利を侵す行為に対して国家レベルで講じられている対策を共有する必要があります。ソーシャルメディアや人工知能のアルゴリズムにおけるジェンダー・ステレオタイプや差別の常態化のようなデジタル化の女性・女児に対するよりとらえにくい影響についてはさらなる行動をもって対処する必要があります。
(2)社会の課題について
「G20デジタル・ガバメントに関する原則」および「G20デジタル経済測定のためのツールキット」を評価し、デジタル経済の社会的側面および社会・文化に対する潜在的影響に対応すべく改訂すること。
農業のようなデジタル化に脅かされているセクターにおける、しばしば女性によって受け継がれてきた、先住民の知識や伝統知識の貢献・価値に関する調査を考案すること。
(3)環境の課題について
「G20デジタル・ガバメントに関する原則」および「G20デジタル経済測定のためのツールキット」を評価し、デジタル経済の環境面に対応すべく改訂すること。
デジタル経済における持続可能な生産・消費に対するコミットメントの実践を強化すること
デジタル経済、あるいはその構成分野(モノのインターネット(IoT)、デジタル農業、製造のオートメーション化など)のエネルギー消費および関連する環境影響に関する一連の調査を準備すること。
(4)平等性の課題について
確実に誰一人取り残さないための手段を講じるべく、強く忌避されている、富の集中の問題における電子商取引およびデジタル経済の役割を認めること。
電子商取引およびデジタル・プラットフォームの対象範囲や性質に対応すべく国家の税法や国際政策を改訂し、発生した財政上の利益を社会保障制度のための財源として確保すること。
遺伝子バンクや自然環境から得られる遺伝子情報のデジタル化の現状および発展途上国や地域コミュニティへの影響を評価すること。
(5)ガバナンスの課題について
デジタル経済における関係主体のアカウンタビリティ、透明性、責任を確保するにあたり、デジタル経済の越境的性質を考慮すれば、すべての国家が参加したグローバル・ガバナンスのためのメカニズムが必要とされます。
デジタル技術を、その開発・導入に先立って評価する、参加型の包摂的で透明性のあるグローバルな、あるいは地域レベルのメカニズムが喫緊に必要であると認めること。
【補足情報】
G20 High-Level Principles for Digital Financial Inclusion (デジタル金融包摂に関するG20ハイレベル原則)杭州、2016年9月
G20 Blueprint on Innovative Growth(革新的な成長のためのG20ブループリント)杭州、2016年9月
G20 Digital Economy Development and Cooperation Initiative(G20デジタル経済発展及び協調イニシアティブ)杭州、2016年9月
G20 New Industrial Revolution Action Plan(G20新産業革命行動計画)杭州、2016年9月
G20 Digital Economy Ministerial Declaration: Shaping Digitalisation for an Interconnected World(G20デジタル経済大臣宣言:相互に連結された世界のためのデジタル化の形成)デュッセルドルフ、2017年4月?
G20 Digital Economy Ministerial Declaration(G20デジタル経済大臣宣言)ブエノスアイレス、2018年8月
G20 Toolkit for Measuring the Digital Economy(G20デジタル経済測定のためのツールキット)ブエノスアイレス、2018年8月