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初出:「PARC通信」Vol.11 2023年4月

アプリの操作一つで車がピックアップに来てくれて、目的地まで送ってくれるというライドシェアアプリは世界的に営業範囲を拡大しており、2020年時点で764.8億ドル市場と報告されいる。しかもここからさらに成⻑を続け、2028年には世界で2427.3億ドル市場になると推計されている。ここまで急成⻑を遂げようとしている産業は一見すると優良投資先であり、日本だけでなく世界から多額の投資がライドシェア産業をさらに成⻑産業へと押し上げる要因になっている。ところが、その実態は現地の交通手段を巡る社会・経済状況を一変させるものであり、下記のような問題点が指摘されている。

ライドシェアは事実上ライド「シェア」ではない。

「ライドシェア=相乗り」をマッチングさせるプラットフォームであることを主張する一方で、インドの調査では実際にドライバー登録をする運転手の94.6%は1日8時間以上従事することで収入を得ている。すなわち、別途定職を持つ労働者が車で移動する際の副収入となるのではなく、ライドシェアを主たる収入として運転に従事する労働者がほとんどであることを示す。これでは共通の目的に向かう同乗者とコーディネートする「シェア」の経済合理性を追求するものではなく、単なる配車アプリとして使用されていることを意味する。しかしながらアプリを提供する企業各社はそのことを想定した責任ある対応をしていない。

略奪的運賃設定を可能にする搾取と脱税

ライドシェアが他社から顧客を略奪するほど悪質な価格設定だとされる低価格でサービスを提供できるのは運転手を労働者と認めず、社会保障費を節減しているほか、業種登録を運輸業ではなくIT産業にすることで節税を試みるものやタックスヘイブンを活用した租税回避などの対策も含まれる。これらは現地政府に違法性を指摘され、追徴課税を命じられることもあるが、その時点ではすでに競争相手は大打撃を受けている。

ライドシェアの初期投資はシステム開発ではない

ライドシェアのシステム開発はほとんど完成しており、初期投資を必要としていない。初期投資は既存のタクシー産業から顧客・運転手を引きはがすためのダンピング価格を維持するためや上記のような違法行為ないし違法すれすれの行為を後付けで合法化させたり、裁判を⻑期化させる間に利ザヤを得るためのロビー活動や弁護士費用に使用される。

競争が減ったところで運転手の報酬を大幅カット

既存タクシー産業等から引きはがしが終了した段階でライドシェア運転手への報酬は大幅にカットされ、しばしば「よかったのは最初だけ」と話される。例えば、インドネシアでは走行キロ単位の報酬が当初の4000ルピアから1600ルピアへ減らされ、ジャカルタの最低賃金相当の収入を確保するのが困難になっている。インドの労働者も月に7万ルピー以上稼げていたところが3万ルピーを下回るまで収入が落ちたと証言している。このコストカットの穴埋めのために長時間労働を余儀なくさせられる労働者も少なくない。一日あたり14時間以上労働するものも半数程度いるというインドの調査結果もある。

さらに、これらの問題点は各国で個別に起きている問題ではなく、類似した問題が世界中で確認されている。その間にライドシェア企業の側から誠実な対応をする姿勢は見られない。むしろ、代表的なライドシェア企業であるウーバーの創設者トラビス・カラニックの発言内容とも照らし合わせて考えるならば、意図的であり、かつそれがライドシェアの短期的収益を上げるためのビジネスモデルであると言える。すなわち、1)運転手の権利はく奪と合法性が疑われる節税を駆使して低価格でサービスを提供し、2)市場を席巻した段階で運転手への報酬を時に半分以下へカットすることで利ザヤを増やし、3)ロビイストや弁護士の大軍を雇い当該国の司法や立法が追いつくまでの期間を引き延ばすことで数年の間に投資回収をするものである。

これは「労働における基本的原則及び権利に関するILO宣言」に反することであり、さらにSDGsの目標8.3、指標8.3.1、また目標10.2に反するビジネスモデルである。すなわち社会保障が十分に得られない、インフォーマルな雇用を量産するものであり、多くの労働者の経済的社会的包含を妨げるものである。

この産業を支えているのは市場参入時のコストを補填するための初期投資であり、東南アジアおよびインドのライドシェア各社に対して共通して大株主となっているのは日本のソフトバンクグループが運用しているソフトバンク・ビジョン・ファンドである。すなわち、ソフトバンクグループはアジア圏におけるライドシェアの台頭と労働市場の破壊に最も資金的に関与している投資家であると言える。

ただし、同ファンドはかねてからリスクを顧みない姿勢が疑問視されており、2022年には実際に多額の赤字を報告している。そのようなソフトバンクグループの投資を支えているものが二つある。一つはサウジアラビアの政府系ファンドPublic Investment Fund(PIF)からの450億ドルの出資である。このファンドは在米ジャーナリストのジャマル・カショギ氏殺害に関与しているとみられるムハンマド・ビン・サルマン王子の指示下にあるファンドである。単純に出資割合で利益配分されると考えるならば、仮にソフトバンク・ビジョン・ファンドが今後黑字転換していくと、最も利することになるのはPIFとムハンマド・ビン・サルマンとも言える。もう一つが国内外の金融機関である。複数社の融資がソフトバンクグループを支えているものの、なかでも単独で1兆円以上の貸し付けをし、操業当初からの「蜜月関係」、あるいは業界内で「審査も金利も甘々な印象」とまで言われているみずほフィナンシャルグループがもっともソフトバンクグループ代表の孫正義氏の野心を下支えしている金融機関と言えるだろう。

みずほフィナンシャルグループはソフトバンクグループによるリスクを顧みない投資が現地経済に与える影響を鑑みたデューディリジェンスの強化が求められる。また極めて深刻な人権侵害を命じたとされる人物へ取引先が利益供与をする可能性についても考慮して、しかるべきエンゲージメントを行うべきである。

また、日本の主要銀行は「労働における基本的原則及び権利に関するILO宣言」を尊重することを人権方針に掲げているほか、赤道原則に加盟している各行は、プロジェクトファイナンスにおいて対象となる事業者が労働者の権利を認めるように求めていることだろう。赤道原則は発展途上国で行われる大規模な開発・建設事業に融資する際に当該プロジェクトによる環境・社会へのリスクを十分に把握し、配慮した上で実施するように金融機関が評価・管理するための枠組みである。その中にはプロジェクトにかかわる労働者の権利にも配慮することが言及されている。

しかし、赤道原則の枠組みでは投融資先の二次融資先までは方針の対象になっていない上に、赤道原則によるフィルタはすべての企業融資に適用されるものではない。あくまでプロジェクトに紐づけされた融資だけである。すなわち、直接大規模な開発プロジェクトを持つわけではないソフトバンクグループへの企業融資についてはせっかくの枠組みが機能しない。二兆円近くの日本の大手銀行からの融資がソフトバンクグループに無謀な投資を可能にさせているにも関わらず、現在の方針では同グループによる無謀な投資によって引き起こされる問題について銀行各社は⻭止めを利かせる一切の倫理的根拠を持ち合わせていないことになる。

今後ソフトバンク・ビジョン・ファンドが大幅赤字を繰り返せばいずれにせよ銀行各行は見切りをつけるかもしれないが、それ以前に人権方針の適用範囲を拡大させるべきである。

※より詳細な報告をご覧になるにはPARCも参画するFair Finance Guide Japanウェブサイトに掲載したレポート全文をご覧ください。
https://fairfinance.jp/news/2023/20230214/

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