
(Photo: NOAA)
ニッケル、コバルトなどのレアメタルが深海4000mに眠っている―。
それを目当てに海の底にブルドーザーを走らせて鉱物をかき集めようとする動きが国際的に進められようとしている。
もし実現すれば海洋環境は取り返しのつかないダメージを受け、生物多様性、漁業、先住民族の文化活動に甚大な影響を及ぼすとされている。
それでも採掘を進めたいという国や企業と、健全な海洋環境を目指す国や団体との間で苛烈な議論が交わされる最前線となっているのが国際海底機構(ISA)。
国連海洋法条約の下で設置された国際議論の場であり、深海環境管理の責任を負う国連機関である。
ISAが設置されて数十年の間はほとんど注目されてこなかったが、深海鉱物資源開発の技術開発が進むにつれて、近年では激しい議論が交わされるようになってきた。
PARCでは国際的に活動するNGOや研究者の集まりである深海保全連盟(DSCC)に加盟する団体の一つとしてISAの動向を監視し「深海採掘ウォッチ」で報告してきた。
ISAは毎年7月に総会を開催しているほか、理事会を年に複数回開催している(今年は3月と7月)。
今回は2025年7月中旬に開催された理事会と下旬に開催された総会について報告する。
<2025年7月 ISA理事会>
1.ISA理事会は今期も採掘規制をめぐる国際ルールの確定にいたらなかった。
至らなかっただけでなく、当初有していた年限目標を定めた「ロードマップ」はもはや修正不能なものとして改定を断念し、新たな合意目標の設定を次期理事会の議題として定めることとした。
事実上、ISAでは採掘規制をめぐる国際ルールを直近の理事会にて合意に持っていく見通しが完全に失われたことを意味する。この状況をさらに象徴するように今年のISA理事会は例年開催していた11月の会合を開催しないことを決定した。
深海鉱物資源開発はまだ商業的に世界のどこでも行われていない。どのように環境破壊を予防するのか?どのように人類共通の資源である深海由来鉱物を活用して得られた利益を配分するのか?環境に取り返しのつかない被害が生じたときにその責任はだれがどのようにとるのか?このような質問に対する国際共通理解とルールが制定されるまで商業採掘は行わなうべきではないというのが現状の国際理解である。そこで、ISA理事会では何年にもわたって国際ルールを制定するための議論が行われてきた。
しかし、このルールが合意されるということは、事実上深海にメスが入るための条件が整理されたことを意味し、深海鉱物資源開発がすぐにでも始まる可能性を示唆することになる。逆に、ルールが合意されないことは深海採掘がまだ行われないことを意味する。
2.米国は2025年4月に多国間主義を無視した政策として国連海洋法条約を無視して独自の許認可制度でもって米国籍の個人や法人に対して深海鉱物資源の採掘許可を発行する意図を表明した。このことを受けて、ISA理事会では過半数の参加国とISA事務局長による意見陳述として米国の勝手な許認可制度の採用を非難する声明が発表された。国際社会としてはISAが唯一深海鉱物採掘にかかわる国際ガイドラインを策定するための正当な機関であり、一国による勝手な判断を受け入れる余地はないことを示した形になる。
なお、この米国による勝手な深海資源開発には日本の無関係ではない。大平洋金属株式会社(PAMCO)は米国を通じて深海資源開発行おうとするThe Metals Company(TMC社)とは深い協力関係にあり、TMC社のクラリオンクリッパートン断裂帯(CCZ)での採掘計画に関するフィージビリティ調査ではパートナー企業として130回以上言及されている。もはやPAMCO抜きにTMC社は採掘を行うことはできない関係にあると言っても差し支えない。その意味で大平洋金属と日本政府は米国の暴挙を直接的に支援する関係にある。今後TMC社との関係性が絶たれないのであれば、国際的な非難の矛先は日本にも向くことは必至である。
3.現在ISAの下で探査業務を請け負っている事業者がISAとの業務委託契約を通じて知りえた情報に基づいてISA外の枠組みで商業採掘を推進しようとしている疑惑を深刻に受け止め、ISAとの探査契約を結んでいる事業者に関して捜査を開始するようISA事務局に命じる決議を可決させた。操作が進み、事業者に対して制裁が求められることとなれば、現存する探査契約が解約される可能性さえある。
総じて、ISA理事会は深海鉱物資源開発がまだ拙速に行われるべきではないことを確認したと言えるだろう。
<2025年7月 ISA総会>
ISA理事会は約30カ国による限定的な議論の場であるのに比して総会はISAの最高意思決定機関である。しかし、従来軽視されてきたISA総会には必ずしも多くの国が参加してこなかった。定足数に満たないことも実は少なくない。しかし、年々重大な議論が総会の場で展開されるようになっているのが近年の特徴である。今回のハイライトは下記の点である。
A.ISA総会では過去二回の総会に引き続いて、ISAの環境保全にかかわる使命を詳細に明文化するためのプロセスを開始することを求める決議について議論が行われた。この議論に関しては今回も中国の強い反対姿勢が示され、環境保全使命の内容にかかわる議論を開始することなく否決された。しかし、チリを筆頭に有志国家の自主的な集まりで当該の議論を開始する提案が行われた。
B.ISAは5年に一度組織的レビューを行い運営体制の適正化に務めることが国連海洋法条約(UNCLOS)第154条に定められている。しかし、最後に組織レビューが行われたのは2016年のことであり、ISAは何年も国際法で定められた責任を果たしていないことになる。この組織的レビューについて、66カ国以上が速やかな組織的レビューを開始することを求めた一方で、日本は強い反対姿勢を示し、ISAが国際法に違反し続けることを求めた。日本と同様にISAの組織的レビューに反対したのは中国だけであった。すなわち日本と中国だけが積極的に国際法を軽視する立場をとったことを意味する。これは国際的な議論の場で法と秩序を重んじる傾向のある日本としては異例な立ち位置と言えるだろう。
C.ISA総会にはかつてないほどの国際的関心が寄せられるようになっている。その象徴として、今回は首脳が二名(パラオとナウル)参加し、大臣級の閣僚や国連全権大使などの政府高官の参加も見られた。そう言った国際的に格式高い協議の場になっているISA総会においてたった一人の外務官僚が世界の協議の歩みを止めてしまったことは日本に住む私たちの責任ととらえなければならない。
深海採掘には様々な思惑が錯綜している。
これからも重大な議論の場を監視し、世界の環境が守られるように活動していく。
深海採掘ウォッチ担当:田中滋