田中 滋(PARC事務局長)
初出:「PARC通信」vol.09 2022年3月
2021年2月1日にミャンマー国軍がクーデターを起こし、前々から指摘されていた人権侵害に加えて国軍による非道な行為が注目される中、PARCも加盟しているFair Finance Guide Japanでは日本企業によるミャンマー国軍と関与がみられる事業への投資案件を調査し、報告書「ミャンマー政府の金づるは誰だ?」(日本語・英語)を発行しました。
レポート本文は下記からダウンロードいただけます。ここではその概要を紹介します。
https://fairfinance.jp/media/zs2jgjll/ffgj_myanmar_jp.pdf
クーデター以降悪化するミャンマー軍の非人道行為
ミャンマーでは2021年2月1日に軍事クーデターが発生し、以降の国軍による非道な行為が注目を浴びている。労働組合やLGBTQ団体、医療従事者や教員など多くの民衆が軍政復活に反対の意を示したが、2月9日に首都のネーピードーで治安維持部隊の発砲により最初の死者が出てから、国軍は非武装の市民への暴力行為を激化させた。クーデターから半年が過ぎた8月2日の時点で、殺害された人は945名、5,474名の方が恣意的拘束を受けている。これら殺害された人の中には、子どもやデモに参加してなかった人も含まれる。
そして、これらクーデター以降の国軍の非道な行為が注目を浴びているが、国軍の軍事作戦や「治安維持」と称する活動によって発生した人道に対する罪や人権侵害は、それ以前から長期に渡って続いてきたことを再認識しなくてはならない。
2011年になって「民政化」が進められたかのように見えるが、実際には国軍は常に選挙で選ばれる文民政権から高い独立性を認められていた。すなわち、同国では武装組織を持たない文民政権と国軍、という二重権力状況にあった。そのようにシビリアン・コントロールが存在しない中で軍が関与する人権侵害が行なわれてきたと見られている。
例えば、ラカイン州のロヒンギャ・ムスリム住民に対し、2017年8月に非常に強い軍事行動が行われた。国際的な人権団体は、ラカイン州北部のロヒンギャ・ムスリムが住民の大半を占める村落のうち数百カ村で殺害、レイプ、恣意的拘禁、民家への大規模放火等の人道に対する罪に相当する行為が行なわれたとしている。このラカイン州の人道危機に関し、2019年11月11日、ミャンマー政府は国際司法裁判所(ICJ)に「集団殺害罪の防止及び処罰に関する条約(ジェノサイド条約)」違反を理由に提訴されている。並行して、国連人権理事会の指名した国際的な独立調査団である「ミャンマーに関する事実調査団」が結成されたが、2018年に同調査団が出した報告書は、ミャンマー国軍が行った残虐行為を「戦争犯罪と人道に対する罪の「両方に相当する」と発表された。
しかし、このような行為が行われている中でも、ミャンマーは一方で「最後のフロンティア」とまで呼ばれ、海外からの投融資が殺到して急速な経済発展を遂げた。そしてその発展は文民政権の支配が及ぶ範囲に限らず、国軍やその関与が深い企業にも繁栄をもたらした。むしろ、上述の国連調査団は国軍と関与の深いMEHL社及びMEC社は文民が所有するどの企業よりも多額の収入を生み出してきたと結論付けている。MEHLは国軍幹部が経営に深く関与しており、株もすべて現役および退役の将校、連隊や部隊、退役軍人が所有している。MEHLやMECと両社の子会社が生み出す莫大な収入の大半は政府の公式予算に取り込まれず、人道に対する罪を犯している可能性が高いとされる国軍の資金となっていると同調査団は報告している。
この状況を鑑みるに、ミャンマーでビジネスを行なう事業者や同国に投資をするものは、「民政化」と並行し、独立した軍部が権力を持つ二重の権力構造を理解した上で、その取引が誰を利するものであるのかを十分に把握して適切な人権デュー・ディリジェンスを実行していなければならず、それを放置すれば人道に対する罪に間接的に加担していることになりかねない。
実際に、東京建物株式会社、大和ハウスグループの子会社である株式会社フジタが中心となって進められるY-Complex事業では、すでに開発地の賃料として国軍の兵站総局に年間218万ドルの支払いが行われた疑いが非常に高いこと、リース期間終了後に敷地で行なわれた開発成果の一切は国軍に移転されることになっている。この事業にはプロジェクトファイナンスとしてみずほFGと三井住友FGそして国際開発銀行(JBIC)が合計144百万米ドル(約163億円)の協調融資を実行している。
さらに、キリンホールディングス株式会社はミャンマー国内で事業展開をするにあたって買収した現地法人はいずれも上述の国軍と関与の深いMEHL社との合弁企業である。どちらもキリンHDの保有率は51%、MEHL社が49%というアレンジメントであり、通常通りに配当が支払われる状況であれば、いわば利益は折半されることになる。キリンHDがミャンマー国内で事業を通じて利益をあげることは、すなわち国軍と関与の深い企業を利することである。この点はこれまでにも国内外のNGOらからその問題点を指摘されてきた。キリンHDはそれに対して人権デュー・ディリジェンスを実施しているが、それは指摘された問題点を履き違えた調査にとどまり、再度行われた外部評価者の調査でも、有効な証拠を入手できずに終わっている。
キリンは、2021年のクーデター直後にミャンマー国軍と関与の深いMEHL社との合弁を解消させることを表明した。しかし、結局MEHL社から株式を買い戻すことはかなわず、2022年2月にキリンの側が撤退することを表明した。MEHL社はキリンがミャンマー事業に投資を開始する前からビール事業を運営していた会社であり、この間にキリンが行なった設備投資をはじめとする業務改善の取り組みをすべて二束三文で手に入れることになる。いわばキリンは前々から忠告されながらも、MEHL社との合弁企業に投資を続けることで見事にミャンマー国軍と関与の深い企業に設備とノウハウを上納してしまったことを意味する。すでにキリンは撤退を表明しているところではあるが、MEHL社が今後もビール事業で収入を得る限り、それはキリンがお膳立てしたものであることを忘れてはならない。
そして同様のリスクは先に紹介したY-Complex事業でも危惧される。仮にホテルや商業施設の運営権を日本企業が今後早期に手放すことになれば、敷地に残されたものはすべて国軍に移転されることになる。日本企業が多額の投資をして、最終的には国軍に上納されるということが続くようであれば、日本企業はミャンマー国軍の金づるにされていると言われても仕方のないことであろう。