(画像:警察に殺害されたアブー・サイードさんの銃撃の瞬間を報じた現地テレビ局による報道はYoutubeでも視聴可能/https://www.youtube.com/watch?v=FdwWlU4SSjs)
2024年6月に、バングラデシュの高等裁判所が国家公務員採用における優遇枠の撤廃法を覆したことを受けて、現地では大学生を中心として何週間にもわたって抗議行動が行われてきた。
ここでいう優遇枠とは1971年のパキスタンからの独立戦争に加わった兵士の子どもや孫たちに公務員採用枠の3割を充当させるという優遇制度である。この優遇制度で得られる公務員職はバングラデシュの中でも年収や手当、職業安定性の観点から非常に恵まれた職につけるものであり、極めて競争率の高いものであった。
また、兵士の子孫への優遇割り当ては3割であるものの、このほかに障がい者、マイノリティや女性、格差の大きな地域の出身者への優遇制度もあり、これらの多様性優遇制度が合計で26%の割り当てを受けている。
その割り当て分を除いて考えるならば、残りの74%の内30%分が兵士の子息、44%が一般採用になる。そのため多様性優遇枠以外の公務員採用の約4割は兵士の子息に割り当てられてきたことになる。
加えて、16年間に渡って首相の座にいるハシナ首相は自身の父が独立戦争の国家的英雄であるという経歴を持ち、その政党も退役軍人やその家族を強い支持基盤に持つ政党である。元独立戦争時兵士の子息への優遇は支持基盤へのわかりやすい還元政策と受け取られており、実際の優遇は与党の子弟関係者に向けられていた[i]、という指摘もあり、この割り当ては長年抗議の対象となっていた。
ハシナ政権は幅広い国民からの圧力を受けて2018年に一度はこの優遇枠の撤廃をした。しかし、今年6月に高等裁判所が優遇枠撤廃政策を取り下げさせたために、学生による抗議活動が行われたのがこの度の一連の抗議行動の直接のきっかけであるとされている。
全国の大学で広げられる抗議行動がやむことなく広がっていった2024年7月16日、対峙する警官隊から10数メートル離れていた路上で銃火器などは持たずに抗議していたとみられる学生運動家のアブー・サイード氏がショットガンのような武器で繰り返し銃撃され、うずくまり、動けなかったところを仲間に抱えられて病院に搬送された[ii]が、病院に到着した時点ではすでに手遅れであった。
この学生活動家に対する過剰な攻撃がSNS等で幅広く拡散されるとともに、デモは爆発的な広がりを示すようになる。しかし、ハシナ首相の与党政党の学生運動部として知られるバングラデシュ・チャトラ・リーグ(Bangladesh Chatra League/バングラデシュ学生連盟、以下BCL)が優遇枠に抗議する学生デモ対して警官隊などと一体となって過剰な暴力を繰り返すカウンター攻撃を激化させ、連日デモ隊に死者が出るようになった。7月17日(水)には約11名の死亡が確認され、7月18日(木)には40名以上が死亡と報道され、7月19日(金)には累計で100名以上が亡くなったと報道されるようになった。
直接の殺害行為を行ったのは個別に警察であるのかBCLであるのか、それらのいずれでもないものであるのか定かではない。
しかし、警察が学生デモ隊の一員とみられる負傷者、あるいは微動だにしないことからご遺体と推察される身体を車両の上に乗せて見せしめのように市内を走行する様子が複数のソーシャルメディアアカウントから報告されている[iii]。
また、警察の装甲車から出てきたとみられる警官隊が、やはり動かなくなったデモ参加者とみられる身体をバリケードの向こうに押し出して路上に放置して去っていく光景なども報じられている[iv]。
制服を着ていないがBCLの一員とみられるカウンターデモ隊から執拗な暴力を受け、衣服が自身の血液で全面的に染まるほどの出血をしている学生の様子も投稿された。
このような警察と与党側のカウンターデモ隊の暴力を受けて、もはや抗議活動は優遇枠の是非を問う学生運動から、強権的な政府の在り方と人権侵害を問う世代を超えたデモへと広がっていった。
ハシナ政権は事態の収拾を目指して国営放送にて国民に落ち着くよう一方的に働きかけたりした。しかしそれは逆効果となり、国営テレビの拠点が放火されるなどの事態へと発展した。直後に国営テレビの放送は全面的に停止され、すべてのインターネットの遮断、電話通信網の遮断へとエスカレートし、一時は送電が数時間完全に停止されることもあった。日本時間の2024年7月22日時点でインターネットと電話回線はいまだに切断されている状況にあり、現地とは衛星電話等を保有している一部の海外からの支援団体やジャーナリストとの通信がかろうじてできているに過ぎない。
2024年7月21日に現地の最高裁は判決予定日を2週間以上繰り上げる形で優遇枠が不当な差別に当たると裁定し、当初3割も割り当てられていた兵士の子息への優遇枠を、全体の5%へと大幅に縮小させた。同時にその他の多様性政策で割り当てられていた優遇枠も縮小させ、2%を少数民族や性的マイノリティと障がい者へ割り当てることとし、全体の93%が一般採用にされるよう定めた。
これは、かなりの政策的勝利を学生運動が得たことを意味する。しかし、上述のように事態は優遇枠の是非を問う段階をすでに通り過ぎている。今後も様々な抗議活動が引き続き展開される見込みであり、暴力と殺害行為に加担したものはすべて法の下で責任を追及されるべきである。
PARCではバングラデシュ政府には直ちに暴力行為を停止させるとともにその責任追及をすることを求める。また、最大のドナー国である日本政府は自らが法治国家であることに誇りを持つのであれば、バングラデシュに対して援助・貸付の一時凍結や撤回を含めたあらゆる外交努力を用いて、暴力行為の停止、市民生活の早期回復と責任追及がされるよう求めるべきである。
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[i] https://www.smdailyjournal.com/news/world/3-killed-and-dozens-injured-in-bangladesh-in-violent-clashes-over-government-jobs-quota-system/article_1a597440-0ff0-5a1b-9f40-ba9ba2acb1e0.html
[ii] https://www.youtube.com/watch?v=FdwWlU4SSjs 他多数のアカウントや現地報道で紹介されている
[iii] https://x.com/ZulkarnainSaer/status/1813900941193564186?t=m6r9z1JVRTaZTpBYnhJ5-Q&s=08
[iv] https://www.facebook.com/share/v/7XwTRNsrCaVfgJ4K/?mibextid=WC7FNe