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(Photo: NOAA)

海の底から鉱物を採掘する行為は長年SFの世界のものとして認識されてきましたが、もはやそんなことはありません。多くの人が知らない中で、一部の民間団体・企業が人類史上最大規模の採掘行為を始めようとしています。
採掘行為が始まれば取り返しのつかない環境破壊が行なわれるだけでなく、海を信仰と暮らしの基盤にしてきた人びとの尊厳までもが踏みにじられようとしています。
差し迫った危機に対してPARCは国際的な環境・人権NGOの集まりである深海保全連合(Deep Sea Conservation Coalition)の一員として活動を継続しています。「深海採掘ウォッチ」はDSCCとしての発信並びにPARC独自の調査・提言活動のアップデートとしてお送りしています。
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【公海での深海採掘】
公海での深海採掘は国際海洋法条約の下で設立された国際海底機構(ISA)が管轄することと定められています。ISAの総会は毎年7月に本部のあるジャマイカのキングストンで開催されていて、近年では差し迫った深海採掘の現実化に伴って激しい議論が繰り広げられています。
ISA最大の意思決定機関は国際海洋法条約に加盟しているすべての国が参加する「ISA総会」ですが、すべてのことは総会で議論できないので、一部の国で構成された「ISA理事会」で主だった議論が行われています。日本はそのどちらにも毎年代表団が参加しています。
「ISA理事会」は通常は年に一回総会の前2週間にやはりキングストンに集まって会議をしていましたが、近年では急に深海採掘の現実性が迫ってきたために7月だけでなく、3月と11月にも集まって深海採掘の取り締まり方法について議論が交わされてきました。

<前回までのISA理事会・総会>
●現在のところ国際的に合意された深海採掘に関するルールはありません。昨年の理事会にて「ルール不在の状態で公海での深海採掘許可をISAが発行することはあり得ない」という声が強く、緩やかな合意がISA理事会で認識されました。(正式な決議はしていません)。
一方で、採掘する技術を獲得しつつあると主張する国もあり、ルール作りを2025年までに行うというロードマップがISA事務局より提案され、現状はそのロードマップに即してルール作りの議論を一段落ずつピックアップして行っている段階にあります。

●また、ISAは人類共通の財産である深海底の環境を保全することをそのミッションの一つとして掲げていますが、同時に採掘などによって深海底資源の活用がされた際にはその利益の一部をロイヤリティとして受け取ることが定められています。すなわち、ISAは保全のための取り締まりをする責任がある一方で、採掘行為が行われれば直接的に収入が得られるという利益相反の状態にあります。こうした中でISAのミッションを見直し、保全を強調した事業方針、目標や指標の策定を求める声が上がっていました。しかし、2023年の総会で提起されたこの議論は数カ国から反対意見が提示され、特に中国が最後一国になっても議論することさえ拒んだために2024年の理事会で検討する形で見送られました。

<ISA理事会 第一週 7月15日~19日>
●ISAの環境保全ミッションにかかわる目標や指標の策定を総会の議題として取り扱うことについて議論が交わされ、コスタリカ、ロシア、ジャマイカ、英国、フランス、ナウル、オーストラリア、米国、ノルウェー、ドイツ、チリ、オランダの12カ国が賛同を明示しました。これはISA理事会として本議題を総会にて提案する決議を取るに至る国数ではないですが、提案時には9カ国だったのが議論の後に賛同国が増えていることは前向きにとらえられるべきことです。今後の理事会にてさらに議論が深まることを期待します。

●2001年にユネスコ総会で水中文化遺産保護条約が採択されましたが、その決議のころから海の文化遺産保護についてはユネスコで管理されるべきなのか、国連海洋法条約(UNCLOS)の下で議論されるべきものなのか明確に定まっていませんでした。しかし、今回のISA理事会では、無形水中文化遺産を表題としたセッションがもたれ、ハワイ在住の先住民族活動家のソロモン・ピリ・カホオハラハラ氏が「生命のゆりかご」として多くの太平洋の先住民族が深海と文化的つながりを有している点について発言しました。一部の参加国は深海底への介入は先住民族の自由意思による十分な情報に基づく事前の同意(FPIC)を得ることが義務付けられる対象とすることを主張し、さらに無形水中文化遺産に関する特別委員会の設置を提案しました。ところが、参加国内では対立も多く、合意には至りませんでした。合意はなかったものの、議論は昼休み中に活発に政府代表団どうしで続けられているのは明らかでした。かなりの関心が集まっている分野と言えます。

●ISAでは会議の本題に入る前に儀礼的に参加国がそれぞれ開会の辞を述べますが、今回のISA理事会ではチリ、ドイツ、コスタリカとスペインが予防原則に基づいて深海採掘を拙速に始めるべきではないという立場表明を行いました。オランダ代表団は「採掘が開始される前に十分に議論を尽くさなければならない」と継続的な議論の必要性を訴えました。アルゼンチン、ナウル、中国の三ヶ国だけが速やかな採掘ルールの策定を求める発言をしました。

●ISA理事会開始に先んじて、各地の報道機関がISA事務局による高額な海外出張経費の積算やISA事務局長マイケル・ロッジが交際相手に仕事を斡旋し、しかも際立って高額の給与を支払っていることが報じられました。その後、ISA事務局から会計報告が不自然に遅延されたことをコスタリカ、フランス、ベルギー、ドイツ、ブラジルが非難しました。

●深海鉱物採掘に向けた調査を行う船舶に対して昨年環境団体のグリーンピースが船を出して抗議行動を行いました。この件はすでにこれまでのISA理事会で議論され、非暴力的手段で洋上抗議行動を行うことは環境団体の権利として認められてきました。しかし、ナウルが本件をもう一度審議することを呼びかけましたが、賛同国は一ヶ国もありませんでした。

<ISA理事会 第二週 7月22日~26日>
●二週目はISA事務局による高額な海外出張費などが、疑惑どころか「不正支払い」であると主張する国が増え、議論が沸騰しました。このような状況下で、事務局からは16.5%の予算増額が提案されたため、多くの国から問題視する主旨の発言が出ました。特に目立った発言をしたのはドイツ、イタリア、フランス、コスタリカ、モロッコ、チリ、ブラジル、シンガポール、スイス、ベルギーなどの国でしたが、日本も珍しく目立って問題提起を行いました。しかし、事務局長からは質問者が納得する回答がほとんど示されませんでした。

●ISA事務局はNGOなどのオブザーバーから参加費を徴収することを提案しましたが、金額を明示しない提案となっていたために、ドイツ、コスタリカ、フランス、英国、チリ、ブラジル、スイス、アイルランドの8ヶ国すべてがISA事務局から提案の詳細について説明を求める旨の発言が行なわれました。最終的にオブザーバーから参加費徴収することの提案はドイツ、コスタリカの強い反対のため、全面的に予算編成方針から削除されました。

●近年、ISA理事会は深海鉱物採掘のためのルール作りを速やかに行うために年三回の会合を開催していました。この開催周期を継続させる提案が英国から提出されましたが、途上国を含む多くの国から継続することは困難であると主張されました。ナウル、ノルウェー、中国は2025年までのルール作りのためには年三回の会合が必要であると主張しましたが、最終的にISA理事会は年二回の開催にとどめることが合意されました。2024年11月に予定されていた会合が無くなり、次回ISA理事会が集まるのは2025年3月になります。その間に深海鉱物採掘に関するルール作りは事実上凍結されるため、2025年中にルール作りを終えることはこれまで以上に難しいものになりました。

●ルール作りと関連して、ルールの実効力、執行体制などについても議論されました。ISAそのものに取り締まる実行力はないので、現在提案されているルールでは採掘時の環境モニタリングはホスト国の執行責任とされています。そのために、最寄りの陸地から何百kmも離れた海での採掘事業者の行動をモニタリングできない場合は自己申告に依存することになります。さらに、そのような自己申告に頼らざるを得ない小国であれば管理監督が行き届きにくい点を悪用し、先進国企業が途上国の子会社を通じて採掘行為を行うことを危惧する議論なども行われました。
DSCCはその議論に関連して現行のルール案では、ひとたび採掘事業者に割り当てられた採掘許可は見直すことができない点を指摘しました。

●また、商業採掘を行う際に採掘事業者が支払うロイヤリティについては、ホスト国の租税率を考慮したロイヤリティの「標準化」が議論されました。この制度が組み込まれれば、税率の低い国ではロイヤリティ支払いが高額になり、税率が高い国ではロイヤリティが低率になることで企業からの総支出が標準化されることになります。同じ公海での採掘に際して低税率国が不当に採掘権を行使することが無いように検討されている制度ですが、実現すれば採掘事業者はこれまで想定してきた以上の支出を勘定に入れる必要が生じます。

2024年7月28日からはISAの総会が行なわれ事務局長の選挙が行われる予定です。こちらのハイライトも次週の深海ウォッチにてお知らせします。

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